神の使者との一問一答#7 「お嫁さんから見た義母さんのこと」

2019.08.08
第五巻 富士和教会

 お嫁さんの順子さんから見た、義母さんはどんな人だったのかを尋ねた。


順子様:最初は、お義母さんは、手紙も何も書けない人だったんですよね。

安丸姫様:そうなの。作文はへただしね。何も書けなかったの。下手で下手で。話も。

順子様:本当にね、何ひとつなにも。だから、運命が悪かったんですよね。悪く取られるから。本当に、出さないから。電話も・・・

安丸姫様:話もできないしね。


順子様:だから、何かものを貰っても礼状も書いてないからね。お礼状一つ書いてない訳、この家族は。びっくりするほど。それで私が、それじゃ、こういうことは私がさせて貰いますって言って。接待というか・・・二人は働いているから、おうちに来る人にお茶を出したりお手紙を出したり、それからお電話を掛けてお礼を言ったりとか、そういう外向きは私がさせて貰うって言って、そういう関係でやったんですね。

 私は初めてだから、この人と喧嘩したと思っても「おはようございます」って来たものだから、こちらからやって行きますでしょ。それで、「こういう風にお礼状書きましたけれどいかがですか」。相手は知らない方ですからね、「こうでいいですか、これでいいですか」って必ず見せるようにしていたから、だんだんだんだんこうやってって言って、だんだん書くようになっていったんですよね。

 だから、思っていることをそのまま書くんだって。思っていることと言っていることが、あまり違ってもいけないからね。


安丸姫様:この神様、縋ってね。神様は、運命を変えてくれるっていうけどね。神様の言うことをよく聞いてね、自分の悪いところが変わらなければ運命は変わって行かないわね。治らなけりゃね。自分の努力だわね。


順子様:それで、ですから本当に磨き上げられたって言うのかしら、原石が。その代わり、お告げが降りてからは、どんどん書けるようになったの。本当に努力なさったの。

安丸姫様:人と、あんた、如才ない口が聞ける訳じゃなしね。ろくにニコニコする訳じゃなしね。

順子様:それまでは、心を文にしていくっていうことが、本当にできなかったんですよね。心を文にすることが、できなかったんですよね。文にって言うか、そのまま表すことが、書けなかったし、そのまま口に出すことも。

 例えば子供がいて、「ああかわいい」とか、そういうことを「かわいいなあ」って心に思っても言えないとか。だから私は、「かわいいかわいい」って教えると子供が喜ぶと、「かわいいって言うと、喜びますよ」って言うと、かわいいって言うと、うふふって笑う癖をつけてしまうと、かわいいって言えるようになったり。だんだんだんだん、心を外に表現することを。

 それから、お告げが降りてからはだんだんね、何て言うのかしら、神様が、使者に対してのものが、できあがって来たの。だから、じっと堪える事ばかりの生活だったんですよね。心の中で思っても表現することができない、耐える生活をしていたんですよね。私が行ったころね。おじいさんがああだったからね。辛抱ばかりしてね。だから、誤解ばかり言われていたのですよね、人からね。誤解させていたから、余計に世間に出られなかったのでしょう。だから運命が変わらないの。自分のことが、自分で言えるようになったから、だから、例えば『あっちへ行け、こっちへ行け』ってことだって、自分を出せるようになって来たわけですよ。それで、『動け』って言われたとおりに自分が出せる訳。

 これは神様だって言うから、動きますよね。すると『また』って言うと、「じゃこれはどうしますか」って言うと、だんだんだんだん、自分が主になっていけるようになったの。運命が変わって行ったんですよね。


安丸姫様:お世辞も言わないで、ニコっともしないでムっとしているから、神様が、『それじゃ、人に悪く思われるから、こうしなさい』ってね。おもしろくもないもの、笑えやしないってね、あんた、お世辞なんか使って言ったって、そらお世辞言うみたいで厭だからね。

『あなたが、お世辞を言って、誰が、空お世辞を言っていると思うものですか』

って言ったけどね。やっぱりね、厭なのよ。お世辞を言うのが。

順子様:でも、それがそのまま、ここまで思っていたことが言えるようになったのですよね。神様、『言いなさい、言いなさい』って言われてね。

安丸姫様:そういうことね。『言わなきゃいけないんだ』ってね。

順子様:最初、ちょっと勇気がいりますよね。だけど、そういう『言わなければいけない』などと色々と言われてね。だけど、欲のない方だからね、絶対にいけないって、正義感が強いからね、だから、喧嘩、とか言いますけど、正しいものは、正しいとはっきりおっしゃるからね。だから、私も最初、そのうちへ来ましたから、昼間、そんなことばかりじゃないし、いつも、お手紙とかお電話とか、そんなことばっかりじゃないし、働かないでいいと言われていましたから、うちでやっていてもそんなに忙しい訳ではないし、二人が必死になって働いているのに、「私もミシンくらい」って言ってたら、呉服屋さんがね、たくさんの仕立てものとか反物とか呉服とか帯とかもって来てね、おじいさんとても喜んでいたの。

 例えば、欲のある方だったらね、どんどん働けばそれだけ豊かになって行きますよね。そんな時、あるとき、こんなに、玄関と廊下とかにもって来たときに、すっごく怒ったんですよね。呉服屋さんに、

「どうしてこんなにたくさんもって来るっ。私は、和男の嫁に貰ったんで、仕立て屋の嫁じゃないんだ」

て、凄く怒ったんですよ。それで、おじいさんにすごく怒ったんですよ。私をね、

「こんなに働かせて、また、私のように・・・私って、おばあさんのことですよね・・・自分のように仕立てものをしたからってね、お小使いのひとつもやる訳じゃない」

すごくおじいさんに怒って、それから、呉服屋さんに怒って、

「この嫁は、和男の嫁にもらったんで、勤め人の嫁にもらったんだぞ。」

それから、私にね、

「あんたが一番いけない」

って、ものすごく私が怒られたの。

「余計なことに手だしをするからですよ」

って。それで本当に謝ったんですよ、二人に頭をついて。「ああ正しい方向をこうして教えてくれたんだ、余計なことをした」と思って。「済みません」って詫びて。それっきり私は、反物とかそういうものは手を付けないように。それで、迷いもしなくなったんですね。私は一緒に住んでいるけれど、どんなに忙しくても、お茶を出したりお夕飯を早めたり、そういうことのお手伝いはしますけれども、それからは、あのときのすごいお怒りを知っているし、そういうことは、わっと言って下さるの。だから、もっとお金があればとか、とういう風じゃないの。そういう欲は本当にない方なの。正しいし、欲はないし・・・


安丸姫様:幾度嘘をつかれても、神様の言うことを本気で信じちゃうのね。また嘘かもしれないと思っても、人に言わなきゃ良いと思ってね。

順子様:それでこの人も、その後からだんだん徐々に、火事だお告げだ色々なことで、だんだん、子供も生まれて、子供の子守のことが私も大変になって、『お買い物なんか、二人でやれば良いんです』て神様のお告げをいただいたからって、この方も仕立てものからは外れていったのです。だから、おじいさんが何を言ってもしようがない、この方はやらないからぱっと飛び出して行っちゃうでしょ。だから、だんだんあきらめるよりしようがなくなって、怒りながらも徐々に徐々に、そうやって仕立てから離れることができたの。

 もともとお稽古で行った方だからね。最初ね、おじいさん、仕立てものをしなくなって来て腹を立ってましたけど、だんだんだんだんね、しようがない、しないからしようがないと思って諦めて来たんですよね。夜なべをちょっとやるとかね。出掛けないときにちょっとやるとかね。あと難しいものをやるとか、とても上手だから。誰もできないものを、やって下さいって。すごく上手な方だったの。

安丸姫様:私みたいなのろまはさ、こうして、腰掛けに何している仕事が適職なのかも分かんないね。でも口のほうがもうちっと達者だと良いと思うけどさ。もうちっとしゃべろうと思っても、舌が回らなくなっちゃってさ。

順子様:でも、がらりと変わりましたものね。

安丸姫様:そりゃそうだわね。この神様に縋ってね、一番有り難いと思うのはね、私がしゃべれるようになった、少しでもね。人と話ができるようになった。

順子様:しゃべれて、書けるようになってね。

安丸姫様:そうだわね、しゃべれて書けるようになったわね。これがね、あんまり書くこともないけど、忙しいから、あんまり書くのも厭だから。思ったことくらい、書けるように、思いつつ、しゃべれなかったときはね、思わなかったのね、きっと。しゃべれないときはね、思わないから、言えなかったんですよ。何も気がつかない。それほど気がつかない。頭が回らない。このごろしゃべれるようになってどうにかこうにかね、余りさ・・

順子様:心が、敏感に動くようになったのかもしれない。

安丸姫様:ああそうね、何か違うんだわね。それは、変わって来たから、余り寂しい思いはしないしね、良かったけど、前にはしゃべれないからね、どこへ行っても継子みたいにね、小さくなって隅のほうにちょこんとしてて、人と口を聞かない・・・話題が見つからなかったんですよ。

 「黙ってちゃ悪い」と思うんだけど、近所の人にね、「黙ってちゃ悪いな」と思っているんだけどもね、でも話題が見つからないのですよ、何を話していいのか。話題がみつからないくらいだからね、あなた、作文だって書こうと思ったって書けやしないでしょ、何も。まあそれだけ変わった。

 孤独の因縁って言うのかね。何かこう人と話ができなかったのが、しかたなしでも何でも、話しができるようになったからね。上手な話しはできないけど。神様が言いなさいって言ったことくらいはね。でも、あんまりおしゃべりでも、余計なことしゃべっちゃうからいけないんでしょうからね。

 それでもこの二~三年か、四~五年は神の力が分かって来たし、嘘でもいいんだってことも分かって来たし、信者さんがね、迷っても大丈夫だっていうことが分かって来たから、それでだいぶ気持ちが落ち着けるようになったんですよね。初めは教会だって、初めはびくびくして、ちっとも、あんた、安心してしゃべれやしなかったのね。ねんがら年中嘘をつかれて、おっかなくてさ。

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