天空の森

2010.03.19
第五巻 千旅万花

12万坪だったのは去年のことだ。今年も領地を広げた筈である。その荘園では、領主とそこで働く20人の領民が、たった一組の賓客をもてなしてくれる。自噴する温泉。自給する食材。山の稜線に点在する4棟のヴィッラ。その一棟「茜さす丘」が、宿泊用に供されている。

これが二度目の滞在になる。僕は、谷に広がる段々畑を見遥かしながら、露天風呂にゆっくりと身を沈めて旅の疲れを癒した。そして、大空に向かって大きく張り出している空中庭園のような、露台の先端に設けられたテーブルにPCを広げて、今この原稿を書いている。大気がゆったりと揺れる。大好きな時間。

ああ、そうだ。フランスの作家アルベール・カミュは、『幸福な死』と題した未完の小説に、「世界を見遥かす家」と名づけた高台の家ですごす日々の愉楽を描いていた。ここでは、地中海の代わりに、霧島連山を含む360度に拡がる山々と、遠くにきらりと光る太平洋を眺めている。

高度に洗練され、組織された都市型のホテルに滞在して、商談や計画、デザインの仕事に没頭する時間は素晴らしい。しかし一方で、仕事に倦み疲れはてて転地療養を求める時には、支配者の顔が見える「天空の森」のようなリゾートが良い。支配者の人なつっこい笑顔に少し戸惑いながら、この人物の人となりについて考えたり、思想的背景の有無、美意識のありよう、経営観念の将来性などについて、思いを巡らせてみる楽しみはかけがえが無い。人を迎え入れ、「もてなす」ということの意味を深く考えた人との出会い。

都会のお茶席に招かれて過ごす時間も素敵だけれど、「天空の森」の主人田島建夫氏は、人を招くことに人生を賭けている。薮に被われた山を拓き、里山の景色を作り出すために費やした10年の歳月が、林や谷のそこここに、精霊のように息づいている。

人は、この時間を糧にして都会の格闘に帰ることができる。へたばった頃には、またここに帰ってくれば良いのである。 天空の森-2

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