スターターカルチャー

2017.08.31
第一巻 湖水地方レポート

スターターカルチャーとは、チーズ製造の初期の段階で、ミルクを乳酸発酵させるために添加する乳酸菌叢のことだ。

イタリアでシエロインネスト、日本で前熟と称されるスターターカルチャーは、前回のチーズ製造時に保存しておいた乳清/ホエイを十分に発酵させて、次の製造用にスターターとして使う。これを続けて行くと、工房独自の複雑な菌叢が生成される。

一般的には、フリーズドライの粉末を使う。湖水地方牧場のチーズ工房もこれだ。世界各地の専門企業が作ったものを輸入代理店から購入する。いつも同じスターターカルチャーを使い続けると、バクテリオファージという突然変異が生まれることがあるので、私たちは時々、意図的に、スターターカルチャーを変える。たとえば、デンマークで作られた菌叢から、イタリア製の菌叢に切り替える、と言うことがあるわけだ。

経験的に、切り替えた当初は、乳酸発酵にえらく時間がかかる。だから最初の一時期は、添加量を規定よりも多くする。

先月、研修と称して押しかけて来た若者が、この件について、「なぜ時間がかかるのですか?」と問いかけてきた。牧場の一画で、来訪者が泊まる山水別荘では、関係者一同で夕飯のテーブルを囲む。ワインもあけるので、談論風発、若者はなんでも根掘り葉掘り聞きたがる。

少し考えて答えた。DSC_0228.JPGのサムネール画像のサムネール画像

朝、ミルクに添加したフリーズドライの菌叢を、工房に住んでいる牢名主の菌叢が加勢する。 乳酸菌叢は工房に住みついているからだ。でも、乳酸菌叢を切り替えると、知らない奴が入ってくるので、牢名主は機嫌を損ねて働かない。それで、乳酸発酵の動きが鈍くなる。新しい菌叢を毎日使っているうちに、古い牢名主は消えてなくなり、新しい菌叢の牢名主が定着する。そうなれば、乳酸発酵はスピードを増す。まあ、そういうわけだ。

若者はいたく感心して聞いていた。なにしろ目に見えない乳酸菌叢の話だ。まあ、間違いではないだろう、辻褄はあっている・・・と、思うよ。

 

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